The Sun Also Rises
1926年刊
Ernest Hemingway著
ヘミングウェイの経歴
ヘミングウェイは20世紀アメリカ文学を代表する作家であり、簡潔で無駄を削ぎ落とした文体によって知られている。第一次世界大戦への従軍経験やスペインでの闘牛への熱狂などが作品に大きな影響を与えた。彼の文学には、戦争による精神的傷、虚無感、男らしさ、生の実感への渇望が繰り返し描かれている。日はまた昇るは、その世界観を最初に鮮烈に示した作品である。
本書の内容
1.パリの放浪者たち
物語の主人公は、アメリカ人新聞記者ジェイク・バーンズである。彼は第一次世界大戦で負傷し、その傷によって性的能力を失っている。この肉体的傷は、彼自身の内面的喪失感や戦後世代の精神的空虚さを象徴している。ジェイクは戦後のパリで、作家志望の若者や放蕩的な友人たちと共に酒を飲み、カフェやバーを巡りながら生きている。彼らは仕事や人生の目的を明確に持たず、享楽と倦怠の中を漂っている。その中心にいるのが、美しく魅力的な女性ブレット・アシユーリ夫人である。ジェイクは深く彼女を愛しているが、自分の身体的事情によって完全な恋愛関係を結ぶことができない。
2.ブレットという存在
ブレットは自由奔放で魅惑的な女性であり、多くの男性を惹きつける。彼女自身もまた戦争によって傷ついており、安定した愛情や生活に落ち着くことができない。彼女とジェイクは互いに深く愛し合っている。しかし、その愛は決して成就しない。二人は精神的には結ばれているが、肉体的には決定的な断絶が存在している。この不可能な愛が、作品全体に静かな悲哀を与えている。ジェイクはブレットを理解し受け入れながらも、彼女を独占することができない。ブレットもまた、ジェイクを必要としているが、他の男性との関係を繰り返してしまう。ヘミングウェイはこの関係を感傷的に描かず、抑制された会話や沈黙によって表現している。そのためかえって、二人の孤独や絶望が強く浮かび上がっている。
3.スペインへの旅
物語の後半、ジェイクたちはスペインのパンプローナへ向かう。目的はサン・フェルミン祭と闘牛を見るためである。ここで作品の空気は大きく変化する。パリでは倦怠と虚無が支配していたが、スペインでは酒、祭り、闘牛、暴力、情熱が生き生きと描かれる。特に若い闘牛士ペドロ・ロメロは重要な存在である。彼は純粋な勇気と美しさを持ち、混乱した戦後世代とは対照的な存在として描かれている。ジェイクは彼の闘牛に、本物の生と誇りを感じ取る。しかしブレットはロメロにも惹かれてしまう。その結果、仲間たちの関係は崩れ始め、嫉妬や暴力が噴き出していく。
4.失われた世代
作品全体を通じて描かれるのは、戦争によって価値観を失った世代の姿である。登場人物たちは酒や恋愛、旅によって空虚を埋めようとするが、根本的な救済を見つけることができない。彼らは自由に見えるが、実際には孤独と不安に支配されている。恋愛も友情も安定せず、誰も本当の意味では満たされない。それでもヘミングウェイは完全な絶望だけを描いている訳ではない。闘牛や自然、旅の風景の中には、なお本物の生を求めようとする意志が存在している。
本書が言いたかったこと
第一次世界大戦によって精神的価値を失った人々が、それでもなお人生を生き続けようとする姿である。ジェイクやブレットたちは、愛しても満たされず、酒や享楽によっても救われない。しかし彼らは完全に崩壊している訳ではない。虚無の中でも、人間らしい尊厳を保とうとしている。ヘミングウェイはこの作品で、戦後世代の喪失感を冷静に描いた。しかし同時に、人間は傷つきながらもなお朝を迎え、生き続ける存在であることを示している。題名の日はまた昇るは、その象徴である。世界が崩れても、太陽は再び昇る。本作は、愛が必ずしも成就しないこと、そして人間はしばしば孤独のまま生きるしかないという現実も描いている。しかしその不完全さの中にこそ、人間の真実がある。日はまた昇るは、失われた時代における孤独と愛、虚無と生への執着を、静かな文体によって描き出した現代文学の古典である。
