20世紀を語る音楽

The Rest Is Noise
Listening to the Twentieth Century
2007年刊
Alex Ross著

アレックス・ロスの経歴

アレックス・ロス(Alex Ross)は1968年生まれのアメリカの音楽評論家であり、長年にわたりThe New Yorker誌でクラシック音楽評論を担当してきた。難解と思われがちな現代音楽や20世紀音楽を、政治・文学・思想・社会背景と結び付けながら、知的かつ平易に解説する文章力で知られる。彼の特徴は、単なる楽曲分析にとどまらず、音楽を時代精神の鏡として描く。ナチズム、共産主義、アメリカ資本主義、大衆文化、ジャズ、映画、冷戦、ミニマリズムなど、20世紀を形作った巨大な潮流の中で音楽がどのように変化したかを立体的に描き出す。本書によってロスは、専門家だけでなく一般読者にも20世紀音楽の魅力を伝え世界的評価を確立した。

本書の内容

1.音楽を通して20世紀を描く試み

本書は、単なるクラシック音楽史ではない。20世紀という激動の時代を、音楽いう窓から再構成した文明論的作品である。物語は19世紀末のワーグナーやマーラーの巨大な後期ロマン主義から始まり、20世紀初頭の崩壊感覚へ進んでいく。調性音楽の秩序は揺らぎ、人類は産業化、都市化、世界戦争、革命によって精神的基盤を失っていく。その中でシェーンベルグは無調音楽と十二音技法を生み出し、従来の美しい音楽の概念を破壊する。ロスはこれを単なる技法革新としてではなく、近代精神の断裂として描いている。

2.戦争と音楽

第一次世界大戦と第二次世界大戦は、本書の中心的テーマの一つである。ストラビンスキーの春の祭典は、文明の暴力性や原始性を露呈した作品として扱われる。初演時の暴動は、20世紀の不安定な精神世界の予兆として描かれる。また、ナチス政権下では音楽が政治利用された。シュトラウス、ショスタコーヴィッチ、プロコフィエフ らは、独裁体制の中で生き延びるために苦悩する。特にショスタコーヴィチは、スターリン体制下で常に粛清の恐怖に晒されながら作品を書いた。彼の交響曲には、国家への忠誠と内面的抵抗が同時に存在していた。

3.アメリカと大衆音楽の時代

20世紀後半になると、音楽の中心はヨーロッパからアメリカへ移る。本書では、ジャズ、ブロードウェイ、ハリウッド音楽、ロックなどがクラシック音楽と並列的に扱われる。ガーシュイン、デューク・エーリントン、バーンスタインらは、高級芸術と大衆文化の境界を溶かした。戦後アメリカでは大学制度と助成金文化の中で前衛音楽が制度化される。ジョン・ゲージは偶然性を導入し、音とは何か、音楽とは何かという根本問題を突き付けた。

4.ミニマリズムと新しい感覚

20世紀後半には、難解な前衛音楽への反動としてミニマリズムが登場する。フィリップ・グラス、ジョン・アダムスらは、新しい時間感覚や瞑想性を生み出した。ロスは、これを単なる単純化ではなく、20世紀後半の情報過多社会への応答として理解している。音楽はもはや英雄的な進歩を目指すのではなく、人間の感覚や意識の在り方を変える方向へ進んでいった。

5.音楽と歴史の不可分性

本書全体を通じて描かれるのは、音楽は社会から孤立した純粋芸術ではないという思想である。世界大戦、革命、ファシズム、冷戦、人種問題、資本主義、テクノロジーの進化など、20世紀のあらゆる出来事が音楽の内部に反映されている。音楽家たちは時代から逃れることができず、むしろ時代の矛盾を最も敏感に表現した存在として描かれる。

本書が言いたかったこと

20世紀音楽は不協和音の歴史ではなく、人類精神の格闘の記録である。多くの人は現代音楽を難解で冷たいものと考える。しかしロスは、それらの音楽が生まれた背景を丁寧に辿ることで、そこには戦争への恐怖、近代文明への不安、孤独、暴力、自由への希求、人間性の崩壊と再生など、極めて切実な感情が存在していたことを示している。20世紀音楽とは、単なる芸術実験ではなく、世界が壊れていく時代に、人間はいかに生きるかという問いへの応答だった。本書は、芸術とは歴史から切り離された装飾ではなく、時代の深層を映し出す巨大な精神活動であることを読者に伝えようとしている

未来の輪郭